棋士が選んだこの一手

柳時熏が選んだこの一手

対局日 1988年9月3日
棋戦名 第1回世界囲碁選手権富士通杯決勝 総譜はこちら
対局者
(段位は当時)
黒 武宮正樹九段
白 林海峰九段



  • 武宮正樹九段
  • VS

  • 林海峰九段


< テーマ図(黒番) >
 100年の間、たくさんの名棋士が誕生していき、僕自身も先人達が残された対局棋譜に大きな影響を受けながらやってきました。
 その中のお一人。新しい囲碁の世界を作られた棋士として武宮正樹九段の功績は凄く大きいと思います。武宮九段は『中央は1箇所しかない」という考え方を元に、中央に大きな模様を広げていく「宇宙流」と言われる打ち方を世間に披露されました。
 隅と辺に比べて中央は地になりにくく、難易度の高い戦略ですが、武宮正樹九段はその常識の上を行く強さで数々のビックタイトルを取られ、一時代を築き上げられました。僕自身も院生の頃、その豪快なスケールの碁風に魅了されていたものです。
 そして一番印象に残っているこの一手をご紹介していきたいと思います。僕自身はプロになりたて頃に拝見した一局で、囲碁界で本格的に世界戦が始まった初期の頃、林海峰九段と武宮正樹九段による世界囲碁選手権富士通杯の決勝戦の対局になります。
 黒は中央に大きな厚みがありますが、白も各所で地をたくさん持っているので次の一手が大事な場面。
  • < 1図 >
     そこで武宮九段が打たれた次の一手は、なんと星へのカタツキでした!! この手には本当に驚き、感動いたしました。
     通常三々に対するカタツキは打たれることがありますが、星にカタツキ、真ん中を囲いにいくこの一手!! 当時の僕の頭にはまったく浮かばない驚愕の一手でした。
  • < 2図 >
     実戦はこのように進んでいき、自然と中央が巨大な黒地となり、黒の勝勢が確立しました。勝利を引き寄せた会心な一手と言えるのではないでしょうか。

  • < 3図 >
     普通の感覚の小ゲイマガカリでは白にツケノビを打たれてしまい、中央を囲うのが難しくなり、一気に形勢不明の混戦になります。
  • < 4図 >
     逆側からカカってもやはりツケノびられて同様に中央を消されます。
     実戦で打たれた星へのカタツキと比較すれば、絵として大きな違いになりますね。
     1図の黒1はまさにこの局面では勝利を引き寄せた豪快なカタツキのこの一手! 常識にとらわれない発想の大事さを学ばせていただきました。
     武宮正樹九段はこの対局に勝たれ、日本棋士で初の世界一の座に輝きました。
     棋士の個性が発揮しにくい今の時代だからこそ、武宮九段が残された個性あふれる棋譜は、いつまでも皆さんの記憶に残り続ける事であろうと思います。

総譜はこちら
▲ 戻る