棋士が選んだこの一手

上野梨紗が選んだこの一手

対局日 2024年4月21日
棋戦名 第10回応氏杯世界選手権予選2回戦 総譜はこちら
対局者
(段位は当時)
黒 上野愛咲美五段
白 朴廷桓九段



  • 上野愛咲美五段
  • VS

  • 朴廷桓九段


< テーマ図(黒番) >
 私が「この一手」に選んだのは今年の4月に行われた応氏杯世界選手権で姉の上野愛咲美五段が韓国の朴廷桓九段と戦った一局です。この企画の中では一番新しい棋譜になるかもしれませんね(笑)。
 ここまで世界の朴九段を相手にかなり奮闘していますが、普通にヨセると黒は少し足りなそうです。しかし姉には狙っていた逆転の一手がありました。黒1のツケコシから白4までを決めたあと、朴九段の意表を突く一手が飛び出します。
  • < 1図 >
     上辺の白を殺す手はないので、黒1、3と封鎖して小さく生かすのが普通の発想です。黒5のハネを先手で打つことができますが、これではコミガカリは必至で勝てません。
  • < 2図 >
     何も決めずにじっと黒1と守ったのが妙手で白はシビれました。
     気が付きにくい手でおそらく朴九段もこの手は見ていなかったと思います。
  • < 3図 >
     次に黒1から一眼にする手があるので白1は省けません。そこで黒2とハネるのが好手順です。
  • < 4図 >
     続いて白3とオサえると黒4が急所を突く一撃。白5、7には黒8が成立して白を一眼にすることができるのです。
  • < 5図 >
     実戦は4図の白3で1と生きましたが、ハネがきたことにより今度は黒2が成立。黒4まで腹中の▲が生還し、逆転に成功しました。
  • < 6図 >
     5図から少し進み、200手を過ぎた辺りでは細かいながらも黒が優勢。もう間違えるところも無さそうで大金星は目の前でしたが、ここで悲しい事件が起きます。
     黒1を利かして白aと守らせてから黒bと切ろうとしたのが大失着でした。もちろんそうなれば一番良いのですが――、
  • < 7図 >
     当然白2とツガれてしまいます。黒aと切ると白bとハネ出されて大損害。泣く泣く黒cと守ることになり、取れるはずだった△を連絡されてしまいました。▲と打った手では単に黒2と切るのが正着で、それなら黒が勝っていました。
  • < 8図 >
     本図は終局図です。6図の痛恨のミスにより結果は黒1目負け。本当に悔やまれる一局でした。しかし実のところポカには裏事情があったのです。
     本来ならプロは1秒もあれば6図のようなミスはまずしません。しかしこの時は1秒もかけられないほど残り時間が僅かだったのです。この棋戦は持ち時間が無くなると秒読みはなく2目のペナルティを支払って持ち時間をツギ足すという特殊なルール。そして2目を支払うとこの碁では勝敗が変わってしまう差だったのです。また、相手の朴九段も残り時間は同じくらいだったので、文字通り互いにノータイムで打っていた最中に起きた事件でした。
     私が2図の「この一手」を選んだことを姉に伝えると「他の碁でもっといい手がいっぱいあったのにー」と言われましたが、私の中ではこの碁の「この一手」が一番です。何といっても世界トップクラスの朴廷桓九段を追い詰めた一手なのですから。

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