新人編集サイトウ
急な異動で周囲の囲碁会話が呪文に聞こえる日々を過ごす、週刊碁歴3ヵ月のアラフォー。棋力は10級。アニメとワインで現実逃避中。好きなゲームは、ガールズバンドパーティ。
先輩編集ホリー
ヒカルになるんだ!と意気込んだものの高段止まり。いつの間にか週刊碁歴10年になっていたアラサー。某ネコ型ロボットのグッズ集めが癒し。好きなゲームは、Fate/Grand Order。
- サイトウ「今度からパイセンのことを、サイボーグと呼びます」
- ホリー 「......はい?」
- サイトウ「せめてもの慈悲です。好きなナンバーを名乗っていいですよ」
- ホリー 「じゃあ004で。機械仕掛けのものを嫌う一方で、自身の機械の体に対する愛を持つ。あの相反する感情がいいんですよね。......いや、そうじゃなくて」
- サイトウ「人の心を失いつつあるアナタには、サイボーグの名がよく似合う」
- ホリー 「失ってませんが。すごくハートフルですが」
- サイトウ「004パイセンの鬼の所業、忘れたとは言わせませんよ」
- ホリー 「(おやつのチーズを勝手に食べた件か......)」
- サイトウ「名人戦第2局、その終盤で事件は起こったのです」
- ホリー 「え? 碁の話?」
- サイトウ「白番が虎ちゃん名人。この場面、004パイセンは何て言ってましたか?」
- ホリー 「ヨセ勝負だけど、AIは白の勝率90%。芝野さんが勝ちそう、とかでしたっけ」
- サイトウ「じゃあここでは?」
- ホリー 「黒が地合で及ばずと見たのか、白陣に踏み込んで生きにいったところですね。AIは白95%。黒は全部取られそう、みたいなことを言いましたかね」
- サイトウ「そういうとこですよ! なんでもかんでもAI、AI!」
- ホリー 「!?」
- サイトウ「90%で地合勝ち? 何目いいんですか? 95%でトン死? どんな筋で死ぬんですか?」
- ホリー 「......」
- サイトウ「この後、白のAI数値が急落したそうですね。どう思いました?」
- ホリー 「芝野さんの失着とわかり、大逆転......と騒ぎましたね」
- サイトウ「でも、実際はそんな簡単なものじゃなかったはずだ! 現地で誰も見ていなかったという井山さん渾身の一手」
- サイトウ「これが名人のミスを誘った。そしてまたも気付きにくい筋を見せ、ついにシノいだのです!」
- サイトウ「わずかな形勢不利を察知し! 勝負を仕掛け! そこからひたすら秒読みの虎ちゃんを揺さぶり! 超難解な局面に誘導し! 最後に決め手を発見した井山さんが! 名人にミスをさせた魔王が! 強かった! 本当に流石だったのです!」
- ホリー 「......」
- サイトウ「こんなに熱いストーリーを、AIの数値だけを見て、さも終わったかのように語るなんて......。アンタ、昔はそうじゃなかったはずだ。盤上の熱いドラマを追ってたじゃないですか! いつから心まで機械になったんですか!」
- ホリー 「まさかサイトウさんに諭される日が来るとは......。おっしゃる通りです」
- サイトウ「ふふふ。AIを使うのはいいんです。でも数値に踊らされていては、記者として大切なものを見落としますよ。『強い力がその人を幸福にするとは限らない』003もそう言っているでしょう」
- ホリー 「......本当にその通りです。ぐぅの音も出ません」
- サイトウ「ふふふ。初心に立ち返る日が来ましたね」
- ホリー 「ええ。ありがとう、サイトウさん。例え勝率99%とAIが語る最終局面でも、そこには逆転を目指し手練手管の限りを尽くす者、させじと歯を食いしばってリードを守ろうとする者がいる。いくらでもドラマは潜んでいる。そうですね?」
- サイトウ「そうですとも! そうですとも!」
- ホリー 「生まれ変わった気分です。......それはそれとして、誰の受け売りですか?」
- サイトウ「......。何を言ってるんですか?」
- ホリー 「万年10級、記者歴3ヵ月のサイトウさんに語れる内容じゃないでしょう」
- サイトウ「悲しい。機械人間には、人を信じる心というものがないんですね......」
- ホリー 「そういうのいいですから。で、誰?」
- サイトウ「......僕のライバル。イケメン平田(智也七段)です」
- ホリー 「なるほど。では、お礼を言ってきますね」
- サイトウ「そう、あれはある暑い日のことでした。僕の愛する『ぱるにゃす』に格好いいなどと呼ばれた彼を憎んだこともあった。でもそれは、互いに高めあい、強敵と書いて友と読む熱い友情の始まりでも――。って、あれ。パイセン! どこ行くの! 聞いて! 取材して! 熱いドラマがここにあるよ! 004パイセ~ン!」
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