「叶わないかもと思った夢」―牛栄子扇興杯、仲邑菫二段との決勝戦を振り返る「つるりん式観る碁のすすめ~こぼれ話」


 ここでは週刊碁連載中の「つるりん式観る碁のすすめ~四字熟語編」で書ききれなかったこぼれ話を紹介します。
(つる=鶴山淳志八段、りん=林漢傑八段

 今回は第7回扇興杯女流囲碁最強戦で初優勝を果たした牛栄子四段が登場しました。仲邑菫二段との決勝戦は形勢が大きく仲邑二段に傾いてからの大逆転。悔し涙を流す仲邑二段と「優勝は小さい頃からの夢であって、でも、夢なので本当に叶うとは思っていませんでした」と万感を込めて語る牛四段の対比はとても印象的で、観る人の心を揺さぶりました。
 あの運命を分けた一戦からしばらく経った今、牛新扇興杯は何を思うのでしょう。本コラムではご本人へのインタビューを行いました。

(インタビュア=編集K)

  • ―― 優勝おめでとうございます。
  • 牛) ありがとうございます。
  • ―― 決勝戦はどちらも初優勝がかかっていました。どのような心境でしたか?
  • 牛) それが、自分でも不思議なくらいに集中していて、何も考えていませんでした。特に上野愛咲美女流立葵杯との準決勝からはあっという間で、気づいたら終わっていたという感じです。
  • ―― 盤上にだけ集中されていたんですね。
  • 牛) はい。とても強い相手なのは分かっていましたが、負けるかも、とも勝てるかも、とも思わず、ただ集中しているという感じでした。そんな風になったのは初めての経験だったので、今振り返っても不思議だな、という感じがします。
  • ―― 史上最年少タイトルがかかる仲邑二段が相手ということで、普段より報道陣の数も多かったと思います。それも集中していて気にならなかったですか?
  • 牛) 整地して少ししたらたくさん入って来られて、それでやっと「あ、多いな」と気づきました(笑)
  • ―― 優勝コメントがすごく素敵で印象的でした。「本来は終わっていると思っていたけれど、支えていただいている方々を思い出すともうちょっと頑張らないといけないかなと思って打っていました。優勝することは小さい頃からの夢であって、でも、夢なので本当に叶うとは思っていなかったです。なので今はすごくうれしく思いますし、支えてくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいです」。
  • 牛) ありがとうございます(笑)。
  • ―― 「支えてくださった方」というのは師匠(マイケル・レドモンド九段)やご家族ですか?
  • 牛) はい。レドモンド先生はもちろん、他にもここまでくるのにたくさんの先生方のお世話になりました。それと母の代からお世話になっているお客様ですね。母は中国の棋士で来日33年になります。長年にわたって支えていただいていて、私は孫のように可愛がっていただきましたし、今はすごく応援していただいています。
  • ―― 素敵なご関係ですね。
  • 牛) とてもありがたいことです。今大会では自分の達成感のためだけじゃなくて、応援してくださっている方々のために結果を残したいという気持ちが強かったです。なんでしょう、今まで孫の立場で可愛がってもらってばっかりだったけれど、成長して何か返したいといいますか、成果を上げて一緒に喜びを共有したいといいますか・・・。なんと表現すればいいのか分からないですが、そういう気持ちがあったから、すごく集中することができたのではないかと思います。
  • ―― それは皆さま、喜ばれたでしょうね。
  • 牛) すごく喜んでくださって、本当に嬉しかったです。
  • ―― 牛さんご自身はいかがですか?小さい頃からの夢を達成されて、何か変わったことはありませんか?
  • 牛) それが、ないんです! ときどき「もし自分が優勝したら」というのを妄想で考えたりしていて、その時は「嬉しすぎてきっとどうにかなっちゃうに違いない」と思っていたのですが、いざ優勝してみたら本当にいつもと同じ自分がいるだけで何も変わりませんでした(笑)。
  • ―― 自分にご褒美とかもないですか?
  • 牛) 優勝してホッとしちゃったからなのか、物欲もなくなっちゃって、今欲しいものもないんです(笑)。強いていうなら母が大のコーヒー好きなので、ブルーマウンテンを買ってプレゼントしました。
  • ―― なんと! あ、あと、これをお聞きしたかったのですが、芝野虎丸九段ツイートに「お友だちの牛さんがついにタイトルを取りました。おめでとうございます。実はなかなかタイトルを取れずに自虐にネタにしたりもしていた牛ちゃんですが、もうその自虐は言えないね」というのがありましたが、自虐ネタにされていたんでしょうか?
  • 牛) いやぁ、自分では言ってないと思うんですけど・・・。でも、前に何人かで食事した時に、「棋士にとって優勝とは」みたいな熱い話になってて、私がつい口が滑って、本当に思っていたわけじゃないですけど、「優勝できたら死んでもいい」と言っちゃったことがあって、多分それじゃないかと思います(笑)。
  • ―― なるほど(笑)。では、最後に今後の抱負をお願いします。
  • 牛) 今回、自分でも驚くくらい集中できていて、それは大きな成果だったと感じています。一方で内容的には課題がたくさんありました。今回得たものと反省点を吸収して、一局一局を大切にしていきたいです。
  • ―― ありがとうございました。


仲邑菫二段との決勝戦は大逆転の勝利だった



三度目の正直で初タイトルを獲得した