ここでは週刊碁連載中の「つるりん式観る碁のすすめ~四字熟語編」で書ききれなかったこぼれ話を紹介します。(つる=鶴山淳志八段、りん=林漢傑八段)
明けましておめでとうございます。読者の皆さまにとって今年が幸多い年になりますことをチームつるりん一同、心からお祈りしております。
さて、2023年の幕開けを飾る四字熟語として選ばれたのは書き初めでも人気の「切磋琢磨」。そして、この言葉を体現しているとして紹介されたのは上野梨紗二段でした。
梨紗二段はすさまじい環境にいます。なにせ姉が上野愛咲美女流立葵杯、仲邑菫三段が入段同期なのです。最強クラスの相手を常に意識し、競わなくてはいけない。普通なら折れてしまいそうですが、梨紗二段は違います。しっかりと切磋琢磨し、急速に力を付けているのです。今までは「愛咲美女流立葵杯の妹」「仲邑三段のライバル」として紹介されることが多かった梨紗二段ですが、そろそろ梨紗二段は梨紗二段として注目する必要がありそうです。
(上野梨紗二段)
そこで、本コラムでは梨紗二段をよく知る2人に梨紗二段の魅力をうかがいました。愛咲美女流立葵杯にはない、仲邑三段にはない、梨紗二段の強さと魅力。これを知ってもっと観る碁を楽しみましょう!!
【姉弟子・木部夏生三段の証言】
梨紗二段はしっかり者で素直でまっすぐで芯が強い妹弟子です。ここ2年くらいで急速に強くなって、三大タイトル戦のリーグ入りや棋戦優勝経験があるような格上の棋士相手に勝つことも増えてきました。
梨紗二段がすごいと思うところは2つあって、1つは詰碁を解く量、もう1つは相手と自分の力量差を客観的に測れる賢さとそれを正直に出せるまっすぐさです。
藤沢(一就八段)門下の中では詰碁は「脳の筋トレ」と呼ばれているのですが、梨紗二段はいつも詰碁を欠かさないので脳がムキムキだと思います(笑)。ヨミの基礎ができているから隙がないし、接近戦では特に強い。愛咲美女流立葵杯のヨミと力もすごいですが、愛咲美女流立葵杯の戦い方は「空中戦」という感じがするのに対して、梨紗二段の戦い方はもっと柔道みたいにちゃんと組み合っている「地上戦」という感じです。
梨紗二段と愛咲美女流立葵杯は年が離れているので、最初は相手にならなかったと思います。でも、梨紗二段はその差をちゃんと分かっていて、しかも諦めないところがすごいです。なおかつそれを隠さない。梨紗二段が藤沢門下の宴席で抱負を求められて「〇〇には負けたくないです」と言っているのを聞いたことがあります。こういうのって、本当は思っていても、「負けないように頑張ります」みたいな感じで逃げちゃうのが普通だと思うんですけど、梨紗二段ははっきり出すんですよね。これはビックマウスとは全然違って、本当に私みたいな第三者が見ても「そうだろうな」と思うことしか言いません。梨紗二段が「差がない」と言えば本当に差がないし、逆に「差を感じた」と言えば本当に差があるということ。素直でまっすぐで物怖じしないところが魅力的だなと思いますね。
【女流本因坊戦観戦記者・首藤瞬八段】
梨紗二段のことは観戦で見かけることもありますし、研究会で打つこともあります。ここ1、2年で急に力が付いて、粘り強くなりました。棋風は愛咲美女流立葵杯と比べると戦い一辺倒ではなく、柔軟で囲い合いのヨセ勝負もしている印象です。
棋風以外の部分で言うと、対局の日はいつも大きなバックを持ってきています。「あんなに大きなバックに何が入っているんだろう」と僕はいつも思っています(笑)。愛咲美女流立葵杯が対局には万全に挑めるようにバナナとか、お茶とか飲むヨーグルトとか、いろいろ持ち込むタイプなので、そこは梨紗二段も見習っているんでしょうね。
人柄は正直でまっすぐだと思います。練習対局をして局後に「ここはこうだったと思います」と緩着を指摘されたことがあります。先輩棋士には遠慮して何も言わない後輩が多い中、はっきり思ったことを言ってくれる梨紗二段はおもしろい存在です。勉強熱心で礼儀正しいけど、碁に関することでは謙遜したり本心を隠したりしないではっきり言う。女流名人リーグで愛咲美女流立葵杯と対戦した後のコメントでは「思ったより差はないと思った。オーラも感じなかった」と言っていました。こんなにはっきり言うなんて梨紗二段らしいし魅力的だなと思います。