透き通るような青い空に綿あめのような雲が浮かんでいる。
10月2日、千代田区の空はこの日を待ち望む囲碁ファンと棋士の心を表しているかのように快晴だった。
コロナ禍の影響で思うようにイベントができない日々が続いたが、今回の「日本棋院ファン感謝囲碁まつり2022」は最近の落ち着いた状況をふまえ、
感染対策を行いつつも、コロナ禍以前の自由な雰囲気に近づけた。
久しぶりの本格的なイベントだ。自然と運営スタッフも力が入り、新たな試みを多数盛り込んだ。盛りだくさんのイベントだったので、
そのすべてを紹介し尽くすのは難しいかもしれない。それでもできるだけ会場の雰囲気を、臨場感を持ってお伝えできたらと思う。
10時00分【受付開始!】
記者が市ヶ谷に着いたのは9時45分頃。坂道を上っていると、次々と人が日本棋院に吸い込まれていくのが見えた。
中に入るとロビーには多くの方が集まって受付開始を待っていた。ひと目20人くらいはいただろうか。
男性と女性の比率は半々くらい。年配の方が比較的多いが、学生の方や働き盛りの方もいる。老若男女という言葉がまさにぴったりだ!
受付の様子
10時10分【スタンプラリー】
10時30分のイベント開始までまだ時間がある。「幽玄」の間がある5階で待機していると、一人、また一人と対局室の入口にファンの方が集まってきた。
今回は初めての試みとして、日本棋院内の六箇所にスタンプ台を設置。タイトルホルダー棋士のスタンプラリーが行われており、その1つが5階対局室前に設置されていたのだ。
まだ開場から10分も経っていないのに、「これが最後のスタンプです」という人も。始まる前からワクワク感が伝わってきた。
スタンプ、押してます
コンプリート!
10時30分【スペシャル指導碁】
本イベント最大のプレミア企画はなんといっても「スペシャル指導碁」だろう。
スペシャル指導碁は数多のタイトル戦が行われている日本棋院最高の舞台「幽玄」の間でトップ棋士の指導碁を一対一で受けられる。
料金は5万円と通常の指導碁に比べて高額だが、受付を開始するとぞくぞくと申込みがあり、最終的に抽選で今回指導碁を受ける4人の方を決めたという。
中には福岡県や滋賀県と遠方からいらした方もいた。
印象的だったのは多くの方がこの日のために指導棋士の本を読んだり、作戦を立てたり、準備をしてきたと話していたことだ。
最初に高尾紳路九段の指導碁を受けた男性は「本当に夢のよう。今朝も先生の碁を並べてから来た。
すごくいいイベントだと思う。今後もぜひやってほしい」と語った。
川端康成の書「深奥幽玄」掛け軸前で、高尾紳路九段とツーショット記念撮影
パチリッ
10時45分【ふれあいイベント直前の棋士控室】
棋士によるバラエティ企画、「ふれあいイベント」を直前に控えた棋士控室をのぞいてみた。
「ふれあいイベント」では棋士が5人1組でチームを組んで、囲碁とまったく関係ないミニゲームをし、勝敗を競う。
事前情報で「イベントではお絵かきをしないといけないらしい」と聞いていたので、絵を描くのが非常に苦手らしいと噂の許家元十段に心境を聞いてみた。
すると「もう開き直っています」と決意に満ちた表情。
練習としてネコの絵をリクエストすると輪郭がくにゃくにゃで目が点の何かを書いてくれた。
隣で見ていた芝野虎丸九段は許十段が猫の耳らしき山を描いた時に「それ以上描かない方がネコってわかるかも」とアドバイス。
これは・・・会場に悲鳴が上がるか爆笑の渦に巻き込まれるか、二つに一つのような気がする・・・。
控室でツイッター用の写真撮影する棋士
11時00分【ふれあいイベント】
ふれあいイベントはMC星合志保三段、チームリーダー鶴山淳志八段(つる)&林漢傑八段(りん)。
つるチームメンバー、芝野虎丸九段、横塚力七段、
長島梢恵三段、上野梨紗二段。
りんチーム、許家元十段、鈴木伸二七段、
奥田あや四段、徐文燕初段という布陣でスタート。
安定感抜群の星合三段の司会とつる&りんによる軽快な合いの手で、イベントは楽しい雰囲気で進んでいった。
盤上ではまったく隙のない一流棋士も囲碁というフィールドを離れると途端に隙だらけになるのが面白い。
クイズ、「答えを合わせましょう(一つのお題に対してそれぞれが回答を書き、チームで同じ回答が多かった方の勝ち)」では珍回答が続出。
「借り物競争」では「お客さんの中から自分のファンを借りてくるように」と指令を受けた鈴木七段が動揺を隠せず壇上で躓き、
何とか「ファンです」という女性を借りてきた後、再度指令を受けて恥ずかしそうに「ぼ、僕のどこが好きですか」と聞いていたのが印象的だった
(ちなみにその女性の鈴木七段の好きなポイントは「声」とのこと)。
そして懸案のお絵描き対決も行われた。これがどうだったかは・・・あえて何も言わないでおこう。
「ドラえもん」が会場に映し出された瞬間(左:横塚力画伯 右:鈴木伸二画伯)
12時00分【大好評!各棋士イラスト付き「オリジナル名刺」交換】
ふれあいイベントでひとしきり笑ったあとは2階の売店近くで訪れたファンの方への取材を行った。
「毎年参加しているけど、今年は棋士の方との距離が近くていい」という声が多かった。
特にファンの方と棋士との交流に一役買っていると好評だったのが、参加棋士それぞれの似顔絵が付いたオリジナル名刺だ。
この名刺は感謝祭のために作られたもので、参加棋士全員が持っている。
ファンの方からは「お会いした棋士の先生のイラストが付いていていい記念になる」「『名刺をください』と声をかけやすい」といった感想をいただいた。
どんどん声をかけてコレクションしている人も多かった。「私はこれだけ集めましたよ」。
ある男性に見せてもらった名刺の数はざっと30枚以上!「これからもっともらわなくちゃ」と足取りは軽やかだった。
棋士たちの間でもオリジナル名刺は好評だった。星合志保三段は「これは発明ですね!たくさんの方に声をかけていただけました。
100枚あったけど、半分くらいは無くなりましたよ!」と満面の笑みだった。
星合志保三段の名刺
芝野虎丸九段の名刺
13時30分【アマ&棋士、混合のペア碁】
ファンの方と棋士が抽選でペアを組み、ペア碁対局をするというイベントも新たな試みとして行われた。
このペア碁には大会で行うペア碁とは違い、2回の相談タイムが設けられている。相手ペアが相談中は後ろを向いて盤上は見ないというルールだ。
ただ、耳を塞がなければならないというルールはない。盤に背を向けて聞き耳を立て、「ここら辺の話をしていますね。私たちはこうしましょうか」などと
相手の相談タイムに乗じた相談をしている姿があちらこちらで見られて面白かった。
局後の検討の風景もこの企画ならではだ。指導碁とは違い棋士はチームメイト。
「ここはこういうつもりだったんですよ」「ここは意図を汲んでくださってとても助かりました」と会話が弾む。
何より棋士が棋譜を完璧に覚えているので、最初から最後まであやふやにならない。
「すっごく楽しかったです。普段の指導碁とはまた違って先生の思考を一緒に体験できるのが面白い」「考えることがたくさんあって大変だったけど、先生との距離が近くて楽しかった。
またこういうイベントがあったら参加したい」と嬉しい声がたくさん聞かれた。和気あいあいとした雰囲気の中、棋士たちも普段とは違う形の交流を楽しんでいたようだ。
首藤瞬八段は「こういうペア碁は初めてだったのですが、とても楽しいですね。気楽な感じで普段よりたくさんお話しできました」と充実の表情だった。
プロ棋士とペア碁(左:山本正人七段 右:首藤瞬八段
相手チーム相談中は、後ろを向いている(左手前:三村智保九段 左奥:三村芳織三段)
15時00分【参加者が誰でも受講OKの囲碁講座】
1階ではイベントへの申込みをしていなくても飛び入りで参加できる囲碁講座が随時行われていた。講座は2つ。
万波佳奈四段による「入門初心者講座」と芝野虎丸九段による
「碁ワールド講座」だ。記者が15時頃1階へ行くと、ちょうど芝野九段が講座を行っているところだった。
一流棋士の中身の濃い講義に多くの方が真剣に耳を傾けていた。
芝野九段は今回「ふれあいイベント」と「碁ワールド講座」の2つを担当。
さらに16時からはサイン入り書籍の即売会も行った。始まる前「体力が持つか心配」と話していたが、最後まで笑顔を絶やさず完走した。
「碁ワールド講座」を行う、芝野虎丸九段。大盛況
入門初心者講座講師の、万波佳奈四段。人気は健在
他にも恒例の指導碁なども行われ、16時30分にすべてのイベントが終了。それぞれが特別な思い出を胸に帰路についた。
参加してくださったファンの方は全部で約250人。参加棋士は65人(常務理事除く)。
帰りがけに参加された方が書いてくださったアンケートをチラリと見るとほとんどの用紙が「とても良かった」に丸がつけられていた。
「指導碁の先生がとても丁寧に教えてくださって良かった」という意見もあれば、「講座が勉強になって良かった」という意見もあった。
約6時間、囲碁ざんまいの1日だった。会場中で笑顔が溢れ、終始あたたかく楽しい雰囲気だった。まだ終わって間もないが、もう来年のこの日が楽しみだ。
毎年恒例の「3面打ち指導碁」。この組は甲田明子四段が担当。開始前に名刺をお渡し
大忙しの芝野虎丸九段。最後に自身の著書 (布石革命、定石革命)購入者へのサイン会を行った