飾らない挑戦者の姿が心に響いた―。
上野愛咲美四段と外柳是聞三段の顔合わせとなった第46期新人王戦決勝三番勝負。今シリーズは上野による女性初の新人王誕生が懸かり、戦前から注目度が高かった。その熱気に応えるかのように、第2局まで両者譲らず1勝1敗。フルセットの勝負にもつれこんだ。
10月15日、決着の第3局。対局場の日本棋院には大勢の報道陣が集った。「歴史的瞬間に立ち会いたい」そう思うのは報道関係者のさがだ。対局中の控室には、そこはかとなく上野応援の雰囲気が漂っているようにも感じられた。
しかし、その空気は一変した。対局後、大一番を制した外柳が緊張を手放し、報道陣に向き合った瞬間、そこにいた誰もがこの新人王を心から祝福した。
「大きな舞台で打つことが最初で最後になるかもしれないと思いました。決勝進出が決まってからは新人王戦のことばかり考えて生活していて、眠れなくなったり、食事が美味しくなかったりしました」。外柳の言葉には一片の見栄も強がりもなかった。この正直さに記者は驚いた。相手を負かすことを生業にしている棋士にとって、自分の弱さを語ることがどれほどのリスクになり得るか。
「記録係としては(報道陣が)たくさんいる現場を知っていたんですけど、対局者としては経験がなかったので。注目される碁を打てて嬉しかったです」。「地元(岩手県)の方から連絡があったり、地元紙の岩手日報にも取り上げてもらって嬉しかったです。今まで冴えない成績だったのでやっといい報告ができます」。外柳の紡ぐ言葉を聞くうちに驚きは感動へと変わった。何度も挫折し、それでも逃げずに戦ってきた外柳の半生を、垣間見た気がした。
決勝三番勝負に臨むにあたって、外柳は「挑戦者のような気持ちで打った」と話した。これまで、「挑戦者のような気持ちで打つ」というフレーズを何度も聞いていたが、この時ほど胸に響いたことはない。なぜか。それは外柳が自分の弱さと正面から向き合ってきたということが言葉の端々からにじみ出ていたからだと思う。自分と向き合い弱さを見つめ、そのことを隠そうとしなかった。その飾らない姿勢が報道陣に伝わり、共感を呼んだ。だからあれほどの祝福ムードが生まれたのではないだろうか。
今後の目標を問われると「現状自分の実力に自信がもてなくて不安に思いながら打っているので、もっと堂々と自信を持って打てるようになりたいです」と話した。「挑戦者」という言葉は覇気をまとって堂々と目標に向かう若武者を連想させる。それはそれで格好良いが、おそるおそる不安になりながら、それでも自分を鼓舞し前進する。そんな「挑戦者」もまた素敵だ。
今期ラストチャンスで新人王を勝ち取った外柳是聞三段に心からのおめでとうを伝えたい。そして、観戦記者としてこの場に立ち会えたこと、素晴らしいドラマを見せてもらえたことに心から感謝している。