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「10代での7大タイトル挑戦が、大きな目標だった」―。19歳、一力遼七段が念願をかなえ、井山裕太天元への挑戦者に名乗りを上げた。天元戦史上初の、10代の挑戦者である。今期天元戦本戦ベスト4は、山下敬吾九段、村川大介八段、許家元四段、そして一力の4人が占めた。山下以外はすべて、なれば天元初挑戦で、新時代到来を思わせる顔触れだった。
抜け出したのが一力。準決勝で村川を、決勝で山下を下した。
新人王戦、グロービス杯U―20世界戦などの優勝が、すでに一力にはある。16歳の時、年少記録を塗り替えて棋聖戦リーグ入りし、四段から七段へ飛び付き昇段を果たした。それ以前からも「大器」の呼び声が高かった。タイトル挑戦は時間の問題と思われた。そしてついに、ここに来て大舞台出場が実現した。
順序が逆になったが、一力を迎え撃つのが井山だ。前期、高尾紳路天元=当時=へのリターンマッチに成功し、6冠に返り咲いた。そして今年、残る1冠の十段戦で伊田篤史十段=当時=を破り、タイトル奪取。ついに囲碁界初の、全7冠同時制覇を成し遂げた。
ひと昔前、囲碁界は羽根直樹九段、高尾、山下、張栩九段の、いわゆる平成四天王の時代だった。そこに出現したのが井山天元。「四天王対井山」の時代をへて、2012年井山が自身初の5冠達成するをもって、井山時代の到来を告げた。7冠をも達成し、井山時代はどこまで続くか。
全冠制覇だから当然、今の井山は防衛戦に明け暮れている。達成以降、本因坊戦は高尾を、碁聖戦では村川を退けた。
そして現在、名人戦は再び高尾の挑戦を受けて奮闘中。王座戦は、これも挑戦手合初出場の余正麒七段との防衛戦が始まった。
井山が初めて7大タイトルに挑戦したのは、08年の名人戦だった。くしくも、今回の一力と同じ19歳。だがこの挑戦は、張の前に涙をのんだ。しかし翌年、連続挑戦した井山は張を倒し、20歳で名人に就いたのだった。
一力が井山に勝つならば、初の10代での7大タイトル獲得という大記録を樹立することになる。ただし相手は、空前の7冠制覇をやってのけた井山。これ以上ない顔合わせの天元戦になった。
(囲碁観戦記者=かわくま・ひろゆき)
対談
井山裕太天元(27)=棋聖、名人、本因坊、王座、碁聖、十段=に一力遼七段(19)が挑戦する第42期天元戦5番勝負(新聞三社連合主催)が21日に開幕する。井山は今年4月、囲碁界初の7冠同時制覇の偉業を達成。その後、本因坊戦と碁聖戦で防衛し、7冠を維持したまま迎え撃つ。対する一力は7大タイトル初挑戦で、史上最年少の天元挑戦者。10代でのタイトル奪取となれば、井山の名人獲得時の20歳4カ月を更新し、7大タイトルの最年少記録となる。
両者に抱負を聞くとともに、世代が近く、今期本戦準々決勝まで勝ち上がった富士田明彦五段(24)と、NHK杯で準優勝した寺山怜四段(25)に、勝負の行方を占ってもらった。
富士田明彦五段 × 寺山怜四段
― 本戦トーナメントを振り返っての印象は。 | ||
寺山 | : | 準決勝に勝ち残った4人を見ると山下敬吾九段、村川大介八段、許家元四段と、今の囲碁界を象徴するような感じがします。 |
富士田 | : | 私はその手前で山下九段に敗れました。村川八段と許四段も他棋戦で活躍しています。 |
寺山 | : | このメンバーから勝ち抜けて挑戦者になった一力七段は、若手の中でも評価が高い棋士です。 |
富士田 | : | 挑戦者決定戦の山下九段戦は、終始リードを奪い、その差を守り抜きました。 |
― 挑戦者の一力七段の棋風は? | ||
寺山 | : | オーソドックスな打ち方で本格派ながら、鋭くて厳しい手を打ってきます。 |
富士田 | : | 研究会では早碁を打ちますが、大崩れしないです。第一感や感覚が優れていると感じます。若手の中でも安定感は一番だと思います。また、デビューしたころの研究会で、当時の7大タイトル保持者だった井山天元と張栩九段に勝っていました。 |
寺山 | : | 僕たちの世代と勉強方法が違うところがあると思います。僕たちは棋譜並べが主でしたが、10代の棋士たちは実戦でしょう。また、普段から中国と韓国の棋士を意識していて、向こうの碁の影響を受けています。読みと計算がしっかりしていますね。 |
富士田 | : | 棋士と学業を両立させているのはすごい。遠征の移動中や囲碁合宿の合間に、学校の勉強をこなしていました。 |
― 対する井山天元は? | ||
寺山 | : | 7冠への道のりは厳しかったと思いますが、勝負強さが際立っていました。7冠最後の十段戦挑戦者決定戦は普通、ひっくり返らない碁ですけどね。 |
富士田 | : | タイトルを1つ取るだけでも大変なのに、それを7つ同時に持っているのですから、すごいを通り越してなんと言ったらいいのか分かりません。 |
寺山 | : | ただ、最近の碁は実戦不足なのかなと感じます。タイトル戦ばかりなので、どうしても対局の間隔があいてしまいます。 |
富士田 | : | コンピューターソフトのアルファ碁の影響で、最近は手広く構えて中央で勝負という打ち方をしており、意識的に戦い方を変えています。名人戦で苦しんでいるのは、挑戦者の高尾紳路九段が強かったこともあります。 |
― 5番勝負の見どころは? | ||
寺山 | : | 互いに仕掛けていくタイプ。また、気持ちも強いので、相手が主張してきたら反発していくでしょう。ささいなことがきっかけで、戦いの碁が繰り広げられるかもしれません。 |
富士田 | : | 互いにいろいろな布石を打っているので、ある型にしぼって研究するのは難しいでしょう。井山天元は読みの量がすごい。タイトル戦での局後検討で、そこまで考えるものなのかと教えられました。対する一力七段も読みではひけをとらないので、厳しい勝負になると思います。 |
寺山 | : | 井山天元がこの5番勝負で中央志向の碁を打つのかどうか、気になるところ。一力七段はシノギが強いイメージもあります。 |
富士田 | : | 井山天元は普通に打っても勝てそうな局面で頑張りすぎるところがある。そこに付け入る隙があるのかなと思います。 |
寺山 | : | 一力七段にとっては初めてのタイトル戦をどう戦うのか。井山天元も番碁になると強いですから。棋士もファンも注目のシリーズですね。 |