特集
昨夏、許家元が井山裕太から碁聖を奪い、七冠の一角を崩した。井山よりも9歳若い七大タイトル保持者が誕生し、囲碁界は新しい局面を迎えた。
井山がここから保持する6つのタイトルをすべて防衛して碁聖を奪い返せば、これまで通り「井山一強時代」と言われ、他のタイトルも失えば「新時代」となるが、その結果は以下の通りになった。
井山名人 | 3―4 | 張栩 |
井山王座 | 3―2 | 一力遼 |
井山天元 | 3―2 | 山下敬吾 |
井山棋聖 | 4―3 | 山下敬吾 |
井山十段 | 1―3 | 村川大介 |
井山本因坊 | 4―2 | 河野臨 |
井山は名人と十段の2つを失った。それでもまだ四冠なのだから、第一人者には変わらない。ただ、スコアを見ても分かるように、数年前の圧倒的な勝ち方ではなく、どれも接戦になっている。井山と他のトップ棋士たちとの差は確実に縮まったと言えるだろう。
それとは別に、盤上での革命が覇権争いに大きな影響を及ぼしている。AI(人工知能)を効果的に利用し、10、20代の若手棋士の成長が早くなってきた。
そのいい例が今期天元戦挑戦者決定戦に勝ち上がってきた佐田篤史四段だ。他に今年の名人挑戦者になった芝野虎丸八段など、今後も有望な若手が台頭してくることが予想される。
ただ、そんな状況に逆行する事態が今夏に起きた。ベテランの羽根直樹が許から碁聖を奪ったのである。40代の復活は囲碁界に更なる活気を与えた。
また、この二人で争われたことにより、井山の挑戦手合連続出場が29で途切れた。2015年の本因坊戦から始まり、19年の本因坊戦までの約4年間も出ずっぱりで、改めてすごい記録である。
今年も残り3カ月。その間に行われる挑戦手合は以下の通り。
張栩名人 | ― | 芝野虎丸 |
井山王座 | ― | 芝野虎丸 |
井山天元 | ― | 許家元 |
芝野は10代での名人挑戦に続き、王座でも挑戦者に名乗りをあげた。
この3棋戦の結果次第では、囲碁界の勢力分布図が大きく変わることになる。井山と張が踏ん張るか、若手が勢力を伸ばすか。どんな形で2020年を迎えるか、わくわくどきどきする秋となった。
対談
囲碁の井山裕太天元(30)=棋聖、本因坊、王座=に許家元八段(21)が挑む第・期天元戦五番勝負が11日に開幕する。今春、十段を失って四冠に後退した井山は、天元4連覇中。5連覇で得る「名誉天元」が懸かる防衛戦となった。対する許は天元初挑戦。先に行われた碁聖防衛戦で敗れたが、他棋戦では挑戦権争いをしており、調子は上向きだ。許がこのシリーズを制すれば、井山の持つ22歳5カ月を抜いて、天元獲得最年少記録となる。平田智也七段(25)と藤沢里菜四段(21)に五番勝負の行方を占ってもらった。― まず本戦トーナメントを振り返って。 | ||
平田 | : | 1回戦で当たった富士田明彦七段は当時16連勝していたので、この連勝を絶対止めるという気合を持って対局に臨んだ。2回戦は逆に自分が8連勝中。余正麒八段には気合を出されてしまったようだ。 |
藤沢 | : | (女流棋士として七大タイトル棋戦本戦初勝利となった)1回戦を勝ったときはうれしかった。一局でも多く打ちたいという気持ちで2回戦に挑んだが、坂井秀至八段に完敗だった。 |
平田 | : | 挑戦者決定戦まできた佐田篤史四段は、ファンの方にとって予想外だったかもしれない。ただ、実力を着々とつけている若手で、ヨセが正確。AI(人工知能)を活用して、序盤をよく研究していることでも知られています。安定した戦いぶりで勝ち上がってきた許家元八段が佐田四段の勢いを止めたのはさすがですね。 |
藤沢 | : | AIによって、序盤を中心に人間が分からなかったところも研究できるようになっているので、弱点の少ない棋士が増えたように思います。 |
― 許八段の棋風は? | ||
平田 | : | 勝負勘が鋭い。自分が悪いと思うと勝負手を仕掛け、優勢だと思えば分かりやすく勝ちにいく。そういったところがたけている。 |
藤沢 | : | 頑張るときは一歩も引かないイメージ。井山天元の最強手にカウンターパンチを入れられるかが見どころでしょう。 |
平田 | : | 許八段が昨年、井山天元から碁聖のタイトルを取って、自他共に認められる棋士になった。この世界は強いと思われると有利になる。トップを狙う若手棋士は、自分も井山天元を倒せると思ったはず。 |
― 井山天元の調子は? | ||
平田 | : | 現在も4つのタイトルを持っていて、第一人者に変わりはない。ただ、以前に比べて逆転勝ちが減った印象。周りの棋士が井山天元の手に惑わされないようになったのかもしれない。 |
藤沢 | : | 相変わらず対局数が多く、国際棋戦もあるので疲れがあるかもしれないが、最強手を繰り出すスタイルは変わらない。 |
― 五番勝負の行方は? | ||
平田 | : | 許八段の読みの早さは日本碁界一といっていい。この石が生きているといったように局面を見て瞬時に状況を判断する力は、他の棋士と比べ抜けている。逆に読みの深さは井山天元の方が上で、こんな手まで考えているのかと驚くことが多い。殴り合いの碁になることは間違いない。 |
藤沢 | : | 井山天元と許八段が打つと、穏やかになるイメージはない。許八段は直近で碁聖を失いましたが、それは引きずらないタイプかと思います。 |
平田 | : | 許八段が勝つなら、碁聖戦の時のように流れをつかんで3連勝のスコアになるのでは。最終局までもつれるようなら、経験の差で井山天元が勝つと予想します。 |
藤沢 | : | 勝負の流れを決める第1局にどちらが勝つかが大切だ。一棋士としては井山天元と許八段の対戦を最終局まで見たいですね。 |