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一力遼天元(27)=棋聖・本因坊=に芝野虎丸名人(24)が挑戦する囲碁の第50期天元戦(新聞三社連合主催)五番勝負が、10月7日に開幕する。日本勢として19年ぶりに主要国際棋戦を制し、波に乗る一力が防衛するか、天元に初めて挑戦する芝野が奪取するのか。両対局者に意気込みを聞くとともに、ナショナルチーム監督の高尾紳路九段(47)と謝依旻七段(34)にシリーズの展望を語ってもらった。
- ― 一力天元について。
- 高尾 世界一になり、心技体の全てが充実しています。もともとヨミの鋭さが特徴的でしたが、いまはバランスも良くなっている。踏み込むべきときは踏み込むし、我慢した方がいいときは落ち着いてじっくりした手を打っており、判断力がいい状態にあります。
- 謝 一緒に検討した際、私たちが20分くらい悩んでたどりついた変化を、一力天元は一瞬で考えていて、改めてヨミのスピードを感じました。応氏杯で優勝したことでいま、自信にあふれています。
- 高尾 忙しい中、ナショナルチームの研究会にも積極的に参加している。チームを引っ張ってくれる存在です。
- 謝 日本が全体的に強くなれば、自身もさらに上を目指せると思っているよう。私も、チームの一員として頑張らなきゃ、という意識が強くなっています。
- ― 芝野名人の印象は。
- 高尾 一番の特徴は安定感。いつでも自分の力を発揮できるのが強みです。碁の内容で言うと、AI(人工知能)の示す候補手との一致率の高さが際立っている。AIの感覚が身体に取り込まれているように感じます。形勢判断も優れていますね。芝野名人も好調で、非常にいい状態だと思います。
- 謝 特に、序盤のAI一致率が高い。予想のつかない独特な手を打つところにも魅力があります。
- 高尾 芝野名人も国際棋戦で優勝してもおかしくない実力をつけてきている。今回の五番勝負は、世界トップクラスの棋士の対局を間近で見られる貴重な機会です。これだけ強い棋士が育ってきたのは、ナショナルチームの監督としてはうれしいこと。ただ、二人がなぜこのレベルに達したのか、私がそのレベルに達していないこともあり、理由はよくわかりません。一力さんと一緒にいると、ご飯を食べるときもずっと詰め碁を解いています。いつ勉強していないんだろうと思うほど。そういう努力の積み重ねなのでしょう。
- 謝 芝野名人も日本棋院で見かけると、いつも詰め碁を解いています。強い人は常に勉強しているんですね。
- ― 五番勝負の展開は。
- 高尾 持ち時間が3時間の碁は、激しくなりやすい。いざ戦いとなったら両者一歩も引かないでしょう。
- 謝 二人とも力戦派。一力さんは序盤から積極的に仕掛けていく印象ですし、芝野さんも引くイメージはありません。面白い戦いが見られるのではないでしょうか。
- 高尾 白番が得意な二人なので、ニギリも注目かもしれません。
- 謝 勝率のいい白番では勝っておきたいと思うのでは。両者の対局が5局目まで続くことを期待しています。
担当記者展望
世界一を獲得した一力遼天元の防衛戦が始まる。9月に応氏杯世界選手権を制し、国内では天元、棋聖、本因坊の三冠を保持。名人戦も挑戦中で、四冠をうかがう勢いだ。以前は「勝ちたい」気持ちが空回りすることもあったが、いまは第一人者としての自信がみなぎっている。
復位を目指し関航太郎天元(当時)に挑んだ昨年の天元戦五番勝負は、初戦を落としたものの、第2局から3連勝。それまで七大棋戦の挑戦手合では初戦に敗れると必ず敗退しており、悪い流れを断ち切れない傾向があった。それを克服して成し遂げた奪還だった。
一力は、好んで「而今」と揮毫する。過去や未来にとらわれず、いまを精いっぱい生きる、という思いを込める。現在の一力は、その精神を体現していると言えるだろう。
挑戦者の芝野虎丸名人は、一力の挑戦を受ける名人戦七番勝負の真っ最中。王座戦でも挑戦者に名乗りを上げ、三つのタイトル戦を同時に戦うことになる。
「多少諦めながら打つ方が自分に合っている」と芝野は明かす。真意を問うと「もちろん、諦めたら勝負になりませんが、勝ち負けを意識しすぎてもしょうがない。だから、結果に関しては諦めて、どのように碁を打っていくかだけを考えています」。ぶれない気持ちが、芝野の安定感の根幹となっている。
昨年から今年にかけて、芝野は対一力戦で7連敗を喫していた。嫌な流れは、8月の王座戦挑戦者決定戦で止めることができた。「ここで一力さんに負けていたらまずかった」と芝野。天元戦と同じ3時間の碁で勝利したのは大きい。
両者が、いい精神状態で五番勝負を迎えようとしている。名勝負にならないわけがない。(新聞三社連合・森本孝高)