普遍的な碁の魅力と時代と共に変わったこと―張栩九段、小林泉美七段インタビュー【コラム:品田渓】


 木谷實九段の孫で小林禮子七段小林光一名誉棋聖の娘、小林泉美七段呉清源九段の孫弟子の張栩九段。2人の愛娘、長女の張心澄初段(16)と次女の張心治初段(12)が相次いでプロ入りした。先祖の思いを受け継ぎ、未来に碁の魅力を伝える存在を送り出した張九段と小林七段。木谷九段、呉九段の時代から変わらない碁の魅力は何か、先達の時代と娘たちの時代では変わったこと。碁界を代表する棋士であり、時代をつなぐ2人に話を聞いた。
(張栩九段=張、小林泉美七段=泉)

  • ― 4世代続く囲碁一家ということで、昔と今とを比較して、碁の変わらないことと、逆に変わったと思うことをお聞きしたいと思います。木谷九段の時代には持ち時間が非常に長く、コミの感覚も今とは違っていましたが、その時と比べて碁の質が変化したと思うことはありますか?
  •  祖父が手合の途中でビリヤードに行ったとか、指導碁を半日かけて打ったという逸話がありますが、今の時代では考えられないことですよね。
  •  正直、当時の人々のメンタリティーは経験していないのでよく分かりません。ただ、時間制限やコミが制度として確立されたことでより勝負の部分がクリアになりました。
  • ― それは碁を探求するということから競技的に勝ちにこだわるという方向に変わったということになるでしょうか。
  •  どうでしょうか。私は探求と勝負は2極ではないと思いますが。
  •  そうですね。むしろ、全く同じものと考えていいかもしれません。
  •  美しく打つことが一番勝ちにつながりますし、勝負というのは碁の本質です。
  • ― なるほど、昔の人も勝つことを目的に打っています。プレースタイルは変わったかもしれないけれど、本質の部分は変わっていないということですね。では、お二人が碁をはじめられた頃と今とではいかがでしょうか。
  •  AIの存在はとても大きいと思います。これは難しい問題です。
  •  祖父と呉清源先生が共同研究した新布石もAIがない時代だからこそ生まれたと言えるでしょう。
  •  人が知恵を絞る時代から変わったのは間違いない。これは碁に限らない話で、時代を先取りしているといえます。
  • ― 『ヒカルの碁』では「神の一手を極める」というのがテーマになっています。実際に「神の一手」が具体的にどんなものなのか、あったとして、一手で完結するのかなど、よく考えると分からないことはありますが、当時は「神の一手」というのがとても自然に入ってきましたし、棋士の先生方の間でも流行し、愛されたことを考えると、どこかに「神の一手」が存在するという共通感覚があったように思います。
  •  本当に碁盤が光る日がやってくるとは思いませんでしたよね(笑)。(※AIは候補手を色付きで盤上に表示する)私は楽観的なので、A Iによってより碁が理解できて嬉しいですけど。どうですか?
  •  便利ではありますけど、AIがある中で碁の魅力をどう伝えるかは難しい問題だと思いますよ。こちらがどんなに知恵を絞っても、それを見ている方には「正解」が見えてしまう。正直つらいと思う部分はあります。
  • ― やはりAIはとても大きな変化なのですね。
  •  ただ、探求の形が変わっても、目指すところは変わりません。碁は今も価値あるものだと思います。それに、AIも完全ではない。その証拠に今も全く同じ碁はありません。個性があって、棋風がある。碁にはAIをもってしても余りある絶対的な深さがあるんです。
  • ― 探求の方法が変わっても碁の本質は変わらないということですか。
  •  もちろんです。私たちは碁が儲かるからやっているわけではないんですよ。面白いから、楽しいから、やっているんです。今詰碁を作ったんですけど、(しばし詰碁の説明)。こんな風に、少しの工夫で無限の可能性が見えてくる。知的好奇心のある人は誰でも面白いと感じるはずなんです。
  •  今も昔もやっていることは同じです。碁の奥深さも変わらない。日本の囲碁人口が減っているとか、AIの影響とか、いろいろありますが、この魅力がある限り廃れることはないと確信しています。
記・品田渓


2022年に張栩九段と小林泉美七段の次女、心治さんが入段した。


心治さん入段の2年前、2020年には長女、心澄さんが入段。会見に父・張栩九段と祖父・小林光一名誉棋聖がかけつけた。