日本中の囲碁ファンが歓喜した一力遼三冠の応氏杯優勝を祝して、つるりん(鶴山淳志八段と林漢傑八段)が久々に「観る碁委員会」を開いたようです。前編にあたる「その1」では一力三冠の優勝がいかにドラマチックだったのかを力説しました。今回は歴史に残る応氏杯決勝5番勝負を振り返りつつ、一力三冠の強さについて熱弁をふるいます。
つる = 鶴山淳志八段
りん = 林漢傑八段
- りん いや、すごい。本当にすごい。改めて一力さんの勝ち上がりを見てるんだけど、予選から超一線級ばっかり。
- つる 強いんですよ。我らが一力三冠は。本当は予選の1回戦目からじっくり振り返りたいところなんだけど、それだと終わらなくなっちゃうので、今回は決勝5番勝負からお互いに感動した局面をあげるということでどう?
- りん ガッテン!じゃ、私からいくね。
- つる おっ、気合い入ってるね!
- りん 当たり前じゃない。これは言いたくて言いたくて仕方がない。何でもかんでもAIを信じちゃいけない。本当に信じるべきは一力さんなんだよっ!!
- つる お、おう。
- りん 第1局のこの局面を見てください。黒1、3でこの黒が生きてるんです。この少し前まで私はAIを信じて白が打ちやすいと思っていた。でもこの黒1、3が妙手で黒が見事に大石をシノいでいるんです。
- つる この黒1、3はAI超えの妙手って話題になったよね。
- りん AIを信じて一力さんを信じてなかった自分が恥ずかしい。
- つる ちょっと自慢していい?実は僕もこれ見えてたんだよね。
- りん は?どこから?
- つる いや、一力さんが打つ直前にだけど。
- りん は?こういうのは詰碁として出されればそりゃできる人もいるでしょうよ。一力さんがすごいのは、この妙手がずっとずっと前から見えているところにあるわけ。謝科さんのヨミより自分のヨミが上回っているという自信があるわけ。つるさんが直前に見えたって言っているのとは次元が違うの。
- つる そんなに怒らなくても(笑)。ちょっと自慢しただけじゃない。でも、りんの言うとおり、一手間違えれば潰れるようなねじり合いはよほどヨミに自信がないとできない。それを世界戦の決勝でやれる胆力と、本当にヨミ勝つ力は凄まじいよね。
- りん そう、そういうこと。
- つる 私が感動したのはこの場面。同じく第1局から、りんがあげた局面へ向けた序章の部分。
- りん ふむふむ。
- つる 下辺黒をどうシノぐかというところで、黒1はすごい。シノぐ立場にもかかわらず白を攻めようという意図を感じる。
- りん 普通は黒Aとスベッて生きを確かめたくなるものね。
- つる そうそう。ただ、この超攻撃的なシノギこそが一力さんって感じがする。一力さんはオールラウンダーだけど、特にシノギが絶品なんだよ。
- りん つるさん、それよく言ってるよね。『遼遠に翔ぶ 一力遼打ち碁集』(マイナビ出版)の解説でも何回も言ってたもんね。
- つる お、さりげなく紹介してくれるなんて気がきく~(笑)
- りん でしょ(笑)。では、もう1ついかせてください。第3局のこの局面。
- つる わかる!ここも一力さんの強さがよく出ているよね。
- りん 黒1、白2の交換は部分的に損だから普通は躊躇しちゃうところ。それをあえて打って、黒3と切るのがヨミに絶対の自信がある人しか打てない超パワープレー。そしてこのパワープレーが成立しているのは黒13という気づきにくい妙手があるから。黒13が見えていなければ黒1は打てないわけだから、どれだけヨメているんだろうと怖くなる。
- つる じゃ、私もいかせてください。この局面です!
- りん これは、一力さんの優勝が見えた瞬間の!!
- つる そう。筋としてはそこまで驚くようなものではないけど、流れを象徴する手かなと思って。圧倒的に優位だった謝科さんが坂道を転がるように悪くなっていったじゃない。そういうのって、ラッキーだけどラッキーで起こることじゃないと思うんだよね。
- りん わかる。ここに至るまでに謝科さんは相当追い詰められてるんだよね。
- つる これは自分の体験だけど、こういう負け方って相手をすごく強いと思っている時に起こりがち。例えば七冠だった時の井山(裕太三冠)さんとか。無敵に強くて、どんな劣勢でも必ず最後は勝つみたいな。そういう人が相手だと、勝っているはずなのに自信がなくなってきたり、焦ったりしちゃうんだよね。
- りん あるね。圧力にやられちゃう感じね。
- つる 今回の一力さんにもそういう無敵感があったと思う。
- りん つくづくすごい。そして、嬉しいね、やっぱり身近に世界チャンピオンがいるって。優勝は一力さんにとって大きいのはもちろんだけど、我々棋士にとっても大きいよ。これまでは世界戦優勝がどのくらい遠いか見えなかったところがあるけど、これからは一力さんを基準に、一力さんを目指して頑張れる。
- つる うん。未来ある若手は頑張って欲しいね。
- りん ・・・おじさんは?
- つる おじさん?
- りん いや、おじさんも頑張ろうよ。
- つる そうか、そうだなぁ。碁で一力さんを目指すのは無理だから、体型を少しでも近づけたい。
- りん つるさん、最近はシュッとしてるじゃん。
- つる いや、もう少し絞りたい。りんは?
- りん 私は一力さんの笑顔を目指します。
- つる はい?
- りん 一力さんの笑顔ってすごく純粋で輝いているじゃない。私も今まで笑顔には自信があったんだけど、まだまだ一力さんには及ばないなと思って。だから、一力さんに負けない笑顔を頑張ります!
- つる ・・・・・がんばれー(棒読み)。
記・品田渓